なりとぱん

 午前3時。まだ暗く、静かな通りに面したひとつの古民家に明かりが灯る。伊勢さんの朝はとても早い。彼の1日は、毎朝石臼で小麦粉を挽くところから始まる。

 ここは、丹波篠山から京都へとつづく旧街道沿いの「福住(ふくすみ)」の一角。提灯が目印の古民家をリノベーションしたパン店「なりとぱん」の店主が伊勢さんだ。自家挽きの無農薬小麦や天然酵母を使用したパンなどを販売するほか、無農薬野菜のスープランチも楽しむことができる。奥様の千佳子さんと二人三脚でお店を営んでいる。

パン作りに生きる様々な経験

 伊勢さんは、丹波篠山でパンやさんを構えるまでに、いろいろな経験をした。

大阪府枚方市出身の伊勢さんは、高校卒業後パンメーカーに就職。2年働いた後、自分の店を持つ目標に向け視野を広げようと、日本料理店の板前に転身した。

「高校を卒業し入社当初は、パンづくりが上手いというわけではありませんでした。むしろ他の新入社員と比べて一番不器用だったかもしれません。ですが、上手くいかなくても、『次はいける、次はいける』と変に自身だけはありました。パンが嫌になったことは一度もありません。そうして2年働いたとき、『将来は自分で店をするから、パンしかできないと幅が狭くなる』と思い、退職しました。

 ちょうどその時に高校の同級生の家族が営む日本料理店が板前を募集していて、飛び込むことにしました。板前ってすごく厳しい世界を想像しますよね、調理器具使い方や皿洗いで数年修行をつむような。親方が本当にいい人で、実践からさせてくれて、やりたいことをさせてもらいました。魚を捌くときに『自分になりに一度やってみなさい』と言われ、挑戦させてくれて。すごく居心地の良い環境で、気がつくと4年ほど経っていました。

 親方にも気に入ってもらえて、続けないかと言われましたが、将来のためだったのでパンづくりに戻り、37歳のとき大阪で初めて自身の店を構えることができました。日本料理店で働いて基本的なことを学び、その経験は今に生きていると思います」。

丹波篠山との出会い

 大阪で店を営んでいた伊勢さんが丹波篠山を知ったきっかっけは、取引先である「マグナムコーヒー」がここ福住で開業し、毎週パンを届けるようになってから。

「丹波篠山は気持ちの良い場所だなあと。マグナムコーヒーへ通うようになって、そこでお客様とお話して、地元の人もいいし、空気もいい。こんなところで暮らしたいと思っていたときにこの古民家を見つけて。大阪で営んでいた店では、多いときには10店舗ぐらいのお店に150種類ほどパンを卸し、寝る時間を削ってしまうことも多々あったけれど、丹波篠山に移り住んでからは、しっかり睡眠も取るようになりましたね」

丹波篠山で見つけた理想の暮らし

 2020年に福住で店をオープンするまでは、大阪で店を構えてパン作りに没頭していたというが、丹波篠山に来てからは少しそれが変わったそう。

静かな通りに面したお店。格子戸越しに、伊勢さんがパンを作る工房が見える

「工房の戸を開けて作業をしていると、通りを歩くおばあさんやご近所の方、観光客の方から声をかけられ、話をするようになりました。丹波篠山へ移ってくるまでは、工場(こうば)に朝から晩まで籠り、ひたすらパンづくりに明け暮れて。それが楽しいと思ってきたのですが、通りから声をかけてくれる人やお客様とお話をして、そういう1日1日の変化が楽しいですね。どちらかというと話し下手だったんですけど」と伊勢さん。

 お店の裏側にまわると入り口がある。中へ入ると、隠れ家のような雰囲気。そして、パンの甘い香りに思わず深呼吸したくなる。このお店のインテリアは、奥様のコーディネート。重厚な梁や柱を生かしてリノベーションされた空間には、もともと土間にあった「つるべ」に、タイル柄が可愛い井戸がインテリアのアクセントになり、アンティークな陳列棚や床板を再加工したというカウンター、和柄のカラトリーなど、古さと新しさが融合し個性が光る。

 「小学3年生の頃描いていた理想、一軒家で朝から晩までゆっくり自分だけのパンを作りたいというのが現実にそのとおりになっていますね。途中でそのことを忘れたり他のことをしたりしていたこともありましたが」と笑う。

こだわりの素材と探究心

 お店で使用しているものは小麦のほか、自家製のサルタナレーズン酵母や地場産野菜などいずれも無農薬のものを使用。素材にこだわり体の内側から元気を呼び込む。

「全粒粉の食パンは硬くなりがちですが、外側のヘタ部分まで柔らかく食べやすいように糖度を高目に仕上げています。本当に美味しいと思うパン、自分だけのパンを作りたいですね」と日々パンを追究している。

 幼い頃から食べることやものづくりが好きという伊勢さん。

 これまでの経験を振り返り、「料理も面白いのですが、パンは、小麦粉や酵母など食材だけでは食べることはできないのに、それらをうまく組み合わせて加工することで美味しいものに生まれ変わる。そういったところが、パンづくりをやめられない理由です。今もうまくできなかったと感じることは毎日のようにあります。分からないことだらけで、まだまだ。もっとうまいパンを作れるようになりたい。20、30年かかるのか、死ぬまでパンを作り続けたい」

そう話す伊勢さんの挑戦は続く。

基本情報

営業時間 10:30〜15:30 
ランチ 11:30〜 なくなり次第終了
定休日 水曜・木曜
丹波篠山市福住353
駐車場 無料駐車場あり

古民家に提灯が目印です。グーグルマップでも表示されますし、向かい側に郵便局がありますので、わかりやすいと思います。

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